平成館

平成館の由来について

この平成館はもと奥日光湯元温泉の南間ホテルのもので、戦争末期の昭和20年、学習院初等科在学中の今上天皇が東京から学童疎開され滞在されたのがこの建物でした。

“昭和20年8月15日正午、11歳の皇太子は2階東南の角部屋である御座所で、父昭和天皇が悲痛に語る玉音放送を聞いていらっしゃいました。正座して握った両手はかすかに震え、目には涙が光り、頭を深く垂れ身じろぎもせずじっと耐えるお姿は、将来天皇となられる重責を強くお感じになっているご様子であった”と伝えられています。(高杉善治著 「天皇明仁の昭和史」より)

昭和48年、縁あって、当地に移築し南間の名を残して益子南間荘として昭和61年までホテル営業をしておりました。昭和55年の栃木国体の折に行啓された当時の皇太子殿下および美智子妃殿下は、この建物東南の奥の部屋(昭和20年当時は御座所として使用していた部屋)で昼食をおとりになり、しばし往時を偲び妃殿下を幾部屋か案内され大変懐かしがられたということです。のちに改装して「平成館」と名付けご予約制のお食事処やイベント会場として使用してきました。

今般、この由緒ある建物をより活用していただくように益子町に寄贈することとしました。平成29年度には、行政のご支援を得て宿泊施設として新たな一歩を踏み出すこととなる予定です。より多くの皆様にご利用いただき、この歴史的意義のある建物を通して、“新たな発見や思い出づくり”をしていただければと願っております。

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